# pain企画｜医学書と「それ以外の本」で痛みがどう扱われたか（調査メモ）

日付: 2026-08-21
企画: 昭和初期（大正末〜昭和20年）の「頭痛・肩こり・生理痛」。痛み自体は変わらないが、言葉と対処（対処法の言葉）と「扱われ方」が変わる。

## 中心的な視点（トオルとの壁打ちで確定）

- 痛みそのものは100年で変わらない。変わるのは「表現形（言葉の拾い方・言い回し）」と「対処（広告・商品・医学・民間療法）」。
- **本の種類によって、同じ痛みが「現れたり・相手にされなかったり」する。**
  - 一般医学書（啓蒙的家庭医学書）では扱われない痛みが、広告・民間療法・主婦雑誌・漢方・体験談では主役として現れる。
  - この「医学が拾わない → 人は広告・民間・雑誌に向かう」という**ずれ**を問うのが本企画の主語。
- 特に「肩こり・腰痛」は、**民間療法としては昔からあったが、一般の啓蒙医学書ですら無視されてきた**。この落差が重要。

## 方法（方向A）

戦前・昭和初期をひとまとまりにし、**一般医学書とそれ以外の本**で、同じ痛み（頭痛・肩こり・生理痛）がどう扱われたかを見比べる。そのズレから、患者の実際の訴え（＝民間療法・売薬広告の必然性）を読む。
※「本の種類の棚卸し（方向B）」は無限に広がるので、今回はやらない。

---

## 1. 医学書側の確認（DL.ndlで読んだ2冊）

### 家庭医学全書（家庭医学全書刊行会・平凡社・昭和10年）
URL: https://dl.ndl.go.jp/pid/1049078 ※ログインなし閲覧可（インターネット公開・保護期間満了）

大区分: 人体解剖生理学／内科／小児科／精神病科／外科／産科／婦人科／レントゲン科／耳鼻咽喉科／歯科／眼科／泌尿生殖器科／性病科／救急手当

**頭痛**: 全文検索213件。ただしほぼ全て「各種疾病（感冒・腸チフス・熱病・寄生虫など）の症状」としての言及。独立の病気としては扱い薄い。
**肩こり**: 「肩こり」「肩の凝り」「肩が凝る」0件。ただし「肩」全体で見るとコマ101に「肩僻（はずれ）を來して、肩の凝つたり身體がだるかつたり」＝「肩の凝る」が1箇所だけ。**しかも同一コマに「月經困難…神經性、卵巢性」の記述＝婦人科・月經困難の項の身体倦怠の症状**として。
**肩（解剖）**: コマ21-28で肩胛骨・肩峰突起・僧帽筋（解剖）、コマ63-65で肩部の神経分布。→「肩」は解剖学の文脈ばかり。
**腰痛**: 独立項目なし。全て他疾患の症状（インフルエンザ・発疹チフス・腎臓・マラリア・脊椎強直・婦人病・ヒステリー）。ただしコマ654「脊筋の疲勞、腸の疾病等から腰痛、薦骨部の痛みが起る」＝筋肉（脊筋）の疲労由来の腰痛の記述はあり。
**筋肉痛（筋痛）**: 独立項目なし。伝染病・リウマチの症状として。ただしコマ162-163「筋肉痛の中には頸の筋肉を侵し頸の運動時に痛み…腓腸筋(こむら)痛、次で背部胸部の筋肉痛」＝首・肩的な筋肉痛の記述が伝染病の症状として。
**神経痛**: ⭕独立立項あり!（コマ189-190）。三叉神経痛・坐骨神経痛・肋間神経痛・ヒステリー性神経痛。治療法＝電気療法・マッサージ・神経伸展法・注射薬を詳述。
**月經困難（生理痛）**: 婦人科「月經異常」の中の「月經困難と子宮出血」として立項。コマ1062「月經不順(多量)、月經痛を起す」と症状の一部として。原因的記述（神經性・卵巢性）。

→ この本では「病気として扱う痛み」は**神経痛と月經困難**。「肩こり・腰痛・筋肉痛」は伝染病・婦人病の症状に分散し、言葉としてほぼ不在。

### 家庭医学の教へ（家庭医学研究会・玉井清文堂・大正15年）
URL: https://dl.ndl.go.jp/pid/935452 ※ログインなし閲覧可

第一編 内科（脳神経系の疾患／神経病／呼吸器／消化器／血行器／泌尿器／運動器／血液・脾臓／新陳代謝／全身伝染病）、外科、救急法、皮膚病、花柳病、生殖器病、眼科、耳科、鼻科、婦人科（月經と其異常／外陰部／腟／子宮／卵巢／爾餘）、産前産後、小児科、看護法

**頭痛**: ⭕独立立項あり!目次に「偏頭痛と其療法」「頭痛持(常習頭痛)と其療法」。コマ72「本症は一簡獨立の疾病として殘る時…傳染病や貧血又は腦疾患による頭痛は症候的」＝**独立の常習頭痛と、症候的（症状）頭痛を区別**して説明。
**肩こり**: 「肩が凝る」がコマ49に神経衰弱の症状として「…肩が凝る、それから頭痛がする…」。
**月經困難**: 婦人科「月經と其異常」章の「第二十七節 月經困難」として立項。コマ513「大抵の人の経験する處であるが、月經困難は…神經性、卵巢」＝原因を神經性・卵巢性に分類。

→ 大正15年の方が「頭痛」は独立立項されやすい（＝頭痛は15年で「独立の病気」→「症状」へ重心が移った可能性）。

---

## 2.「それ以外の本」側の確認（DL.ndl検索で、「肩こり」という語が現れる本を網羅）

「肩こり」をDL.ndl全体検索（出版 1926-1945）すると、一般医学書には現れず、以下の種類の本に現れる。

### 民間療法・健康法書
- **興国健康法**（鈴木弁二・昭和16）: 「肩コリ忘却法」の独立章。「肩コリと風邪は兄弟である」
- **療病の大道**（富山昌徳・一粒社・昭和15）: 「肩コリの治療法と豫防法」…何々藥・灸點・各種療法
- **紅療哲学**（江藤旭洲・昭和11）: 肩こりに塗擦療法

### 主婦向け実用雑誌・健康雑誌
- **主婦の友** 17(6) 6月號（1933）: 「手輕できつと治る肩コリ療法十五種」（加藤普佐次郎ほか）→ **肩こりは女性・主婦の実用の悩みとして特集される**

### 和漢・東洋医学書（西洋医学でなく漢方・鍼灸）
- **東洋医学処方各論**（松園渡辺煕・昭和3）: 肩こりに処方（獨活葛根湯など）
- **東洋和漢医学実験集**第1・2巻（渡辺煕・昭和2・7）: 肩こりを症状として
- **和漢医学ノ本体主証治療学**（渡辺煕・昭和3）: 「精神鬱憂より血水の鬱」「肩こりは経絡」など

### 売薬・広告
- **日本名薬一覧**（名薬調査会・昭和9・ログインなし閲覧可）: 肩こりに効く薬の広告
- 雑誌広告（1942-44）: 「のぼせ頭痛のする方 ＞ 肩こりやシビレる方 ＞ 月經不順下腹痛む方 ＞ つわり」＝**1枚の広告に頭痛・肩こり・生理痛が並ぶ**

### 啓蒙書・医学界の言及
- **化学療法の啓蒙**（安田徳太郎・東洋経済出版部・昭和14）: 「一番問題になるのは肩コリである。これも使やみの一種であつて**日本では婦人の間に非常に多い**」「按摩も匙を投げた肩コリを治してやる…按摩、マッサージに行くがよい」→ **肩こりは婦人に多いと明言し、民間療法・マッサージとの関係を言及**

### 医療雑誌・臨床報告（医家向け）
- **臨床月報**（1933）: 「腎臟病等の腰痛肩こりに對し」
- **内外治療**（1932）: 「數年來肩コリを訴ふ…高血壓」→「肩こり発作時…」
- **保険医事衛生**（1940）: 「肩コリ…工場勞動者」

---

## 3.「生理痛」vs「月經痛」—言葉が2つに分裂している

### 「生理痛」で検索 → ほぼ全て売薬広告（患者・日常の言葉）
- 時局情報（毎日新聞社・1943-44）: 「リウマチ・關節・神経痛・頭痛・生理痛・歯痛」の鎮痛剤広告
- 婦人日本（1943）: 「コメニン錠——齒痛・耳痛・神経痛・生理痛「第一製藥」の强力鎮痛劑」
- 生活科學（1942）: 「頭痛・歯痛・耳痛・神経痛・生理痛」「ルーポラテ錠」
- 日本婦人（1943）: 「生理不順・生理痛・痛・頭痛・腰・四肢冷感・不眠等に」
- 時局情報（1943）: 「コメニン錠…トリクロール・エチール・ウレタン・ジメチール・アミノ・アンチピリン〇・一五瓦含有」

→ 「生理痛」は医学書ではなく、**鎮痛剤売薬広告が使い、頭痛・神経痛・歯痛と「痛み」として並列**に扱う言葉。

### 「月經痛」で検索 → ほぼ全て医学書・専門誌・処方（医者の言葉）
- 臨牀医学講座（金原商店・昭11）: 「第三、月經痛」定義・發生機轉（子宮筋の異常収縮）
- 産科と婦人科（診断と治療社・1939-41）: 「原發月經痛の治療」「下腹神經上叢切除術」「Cotté氏下腹神經上叢切除術」
- 成医会臨床（1931）: 月經痛の処方（重曹・ブロムラール・アスピリン・フェナセチン）
- 婦人科学総論（安藤画一・吐鳳堂・昭和2）: 「月經痛及月經違和症」の療法。**「月經痛に頭痛・偏頭痛・全身倦怠が伴う」と症状として関連**
- 医学常識（東西医学社・昭和4）: 月經痛の立項
- 女学生に必要な医学の知識（樋口栄・人文書院・昭和9）: 第五項 月經痛
- 婦人に必要なる素人医学（白井貞次郎・昭和10）: 月經痛・ホルモン剤
- 婦人科学・産科系専門誌多数

→ 「月經痛」は医者が使い、**医学書・専門誌・処方・手術・診断**に現れる。

### 鍼灸・民間の「月經痛」も存在
- 日本鍼灸雑誌（1931・1937）: 「月經痛と鍼灸療法」「月經痛治驗」
- 青年健康読本 灸の医学的効果（田中恭平・昭和16）: 「月經痛の灸」
- 性慾病自療例（精神研究会・昭和3）: 「月經痛 月經時の油斷大敵の實例」→「恥しくて出て來ず、月經痛は誰れにもあること」← **体験談・自療**
- 天真道修養録（大正15）: 月經不順及月經痛

### ⭐「生理痛」という言葉の定量データ（DL.ndl全文検索・2026-08-22）

「生理痛」全文検索=**22,629件**。出版年分布:

- 1870-1939（戦前）: **計14件のみ**（1870s:1 / 1880s:1 / 1890s:2 / 1900s:1 / 1910s:1 / 1920s:1 / **1930s:7**）
- **1940-1949: 201件（急増・戦時〜戦後混乱期）**
- **1950-1959: 1,096件（爆発）**
- 1960年代以降: 3,000-8,000件台（資料量の増加も反映）

→ **「生理痛」という言葉は戦前は稀で、戦時中（1940年代）に急増し、戦後（1950年代）に爆発的に普及**。既存の「生理痛=広告語（1942-44集中）」と整合する定量裏付け。

→ ⭐**ケロリン類似品の「生理痛」記載（トオル目視・20点中1点のみ）は、戦後の新しい言葉で効能を書いた商品**と推定。ケロリン発売当初（1925）のパッケージに「生理痛」があった可能性は低い（1930年代で7件しかない言葉）。**「生理痛」の効能書きへの昇格=フェーズ④（戦後に栄える）の現象**。これが「いつから?」の答えの骨格。

- 戦前14件の内訳（最古=1870年代の1件は何か・要確認）: https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?searchWord=生理痛&fromYear_facet=1870&toYear_facet=1939 （DL.ndl SPA操作は不安定。トオル確認 or 次回リトライ）

### ⭐枠組みの二重移行（トオル確定・2026-08-22）: 「月經痛→生理痛」「婦人薬→鎮痛薬」

核心の問い: **「いつから生理痛に西洋鎮痛薬が当たり前になったのか」**。

- 月經痛=医学の言葉。生理痛=生活の普通の言葉。**医学語→日常語への移行**が昭和の間に起きた（§3の定量データ: 戦前14件→戦時中201件→戦後1,096件）。
- 対処の枠組みも移動: **婦人薬（血の道・月經不順・こしけ・中将湯・漢方）→ 鎮痛薬（西洋の解熱鎮痛薬・アスピリン系）**。
- **3段階の答え（既存証拠から）**:
  1. **戦前（1930s）= 医者の処方の枠・特殊例**: 成医会臨床1931「月經痛の処方: 重曹・ブロムラール・アスピリン・フェナセチン」。一般の対処は婦人薬（中将湯・安栄湯・血の道）。
  2. **戦時中（1942-44）= 広告で結合が始まる**: コメニン錠「齒痛・耳痛・神経痛・生理痛」=市販の鎮痛薬の効能として「生理痛」が並び始める。言葉の急増期と同期。
  3. **戦後（1950s）= 当たり前になる**: ケロリン類似品の効能書き「頭痛、歯痛、生理痛」（トオル目視20点中1点）=戦後の商品。言葉の爆発（1,096件）と枠組みの完成が同期。
- → 生理痛が「婦人の病」の枠から出て「痛み」の仲間（頭痛・歯痛と並列）に入る動き=「絡まったり離れたり」の一形態。「婦人薬→鎮痛薬」の交代劇を昭和の時間軸で追う。

---

## 見える構図（暫定・急いで結論にしない）

1. **医学書は3つの痛みをバラバラに扱う**：頭痛=内科（の症状）、生理痛=婦人科（月經困難）、肩こり=不在／症状の脇。
2. **広告・売薬は3つを「婦人の痛み」として一括り**にする（頭痛・肩こり・生理痛・神経痛・歯痛を並べて「効きます」）。
3. **言葉の分裂**：生理痛＝広告・日常語 / 月經痛＝医学語。肩こり＝医学書にほぼ不在（「肩の凝る」の動詞形のみ）。
4. **医学が拾わないから、人は広告・民間・主婦雑誌・漢方・鍼灸に向かう**——肩こりは医学書では無視だが、主婦の友・健康法書・漢方・売薬広告では主役で、「婦人に多い」と結びつく。
5. 医学書で「病気として扱う痛み」は神経痛と月經困難（＝西洋医学が名前をつけて拾い上げた）。肩こり・腰痛は拾われず民間に残る。

## 4.「頭痛」—3つの中で唯一「文化・教養の痛み」として全面市民権

「頭痛」をDL.ndl全体検索（出版 1926-1945）。肩こり・生理痛とは異なり、**医学書・専門書・民間・文学のあらゆる「本の種類」に現れる**。

### 医学書・専門書（頭痛はしっかり扱われる）
- 内科類症鑑別診断学（額田晋・金原商店・大正14-15）:「第一章 頭痛ノ鑑別診断」←内科の第一章
- 精神衛生講話（下田光造・岩波書店・昭和17）:「第五講 頭痛」を「一 偏頭痛／二 常習性頭痛／三 神經性頭痛」と分類
- 神経質（神経質研究会・1934-36）:「神經質に來る頭痛の統計的觀察」「十年間の頭痛と眩暈とを治した話」（体験談）
- 東京顕微鏡学会雑誌（1939）:「偏頭痛 Migraene, Hemikranie」
- 疼痛と労務指導（沢井淳・健文社・昭和18／大雅堂・昭和20）:「第一章 頭痛と勞務」←労働衛生。患者の言葉を引用「生來の頭痛持ちでしてね」「ここ十年來の頭やみでね」
- 梅花無尽蔵（漢方・小松帯刀・昭和3-4）:「第十七章 頭痛頭風門 活套勘辨」

### 家庭療法・マッサージ（民間が主役）
- 家庭マッサージ法（坂本貢・大日本聯合婦人会・昭和11）:「頭痛と偏頭痛」。**重要**「肩凝りの爲に往々頭痛、腦貧血…マツサージは肩…」← **肩こり→頭痛の因果を民間が捉えてマッサージで治す**
- 家庭マッサージ療法（野地繁久・婦女界社・昭和5）:「頭痛を治すマツサージ法」
- ライツ療法（松本堅三郎・信療会・昭和8）:「頭痛、肩のこり、不眠、胃、膓の刺戟部位」

### 売薬・健康法
- 神経痛とリウマチスの新療法（中井竜彦・実業之日本社・昭和9）:「附録 頭痛の原因とその治療法」
- 週刊醫界展望（1935-36）:處方メモ（頭痛・偏頭痛等）

### 民俗・民間
- 高砂族調査書（台湾総督府警務局理蕃課・昭和11-14）:原住民が頭痛に葉を頭部に貼る

### ⭕文学・小説（肩こり・生理痛と決定的に異なる）
- 武蔵野新集：詩と短篇（西原慶一・人文書房・昭和4）:「第六章 彼女の偏頭痛」
  >「美しい細面の顏が、偏頭痛を訴へる日になると、その端正に整つた藝術品の一…」
  → **頭痛は美・繊細・教養のモチーフとして文学にまで昇華された**

---

## 5. 3つの痛みの「本の種類フィルター」比較表（暫定）

| | 医学書 | 民間・主婦雑誌 | 売薬広告 | 文学・小説 |
|---|---|---|---|---|
| 頭痛 | ⭕内科・精神科でしっかり（常習・偏頭痛・神経性） | ⭕マッサージで主役（肩こり→頭痛の因果） | ⭕鎮痛剤 | ⭕美人の偏頭痛として登場 |
| 肩こり | ❌ほぼ不在（症状の脇） | ⭕主婦の友・健康法書で主役。「婦人に多い」 | ⭕ | ❌ |
| 生理痛 | ⭕婦人科のみ（月經困難） | △体験談 | ⭕言葉は「生理痛」＝広告に分裂 | ❌ |

### 中心的な構図（急いで結論にしない）
- **医学は分ける**：頭痛=内科、生理痛=婦人科、肩こり=不在。3つを別々の診断枠に切り分ける。
- **民間・広告・文学は繋げる**：売薬広告は頭痛・肩こり・生理痛・神経痛・歯痛を並べて「効きます」。家庭マッサージ法は「肩こり→頭痛」と因果で繋ぐ。
- **頭痛だけが優遇**：医学・民間・文学すべてに市民権。肩こりは医学書に無視されながら主婦雑誌・健康法書では主役、生理痛は言葉が「月經痛(医学)/生理痛(広告)」に分裂。
- **「医学が拾わない→人は民間・広告・雑誌に向かう」**というずれが、肩こりと生理痛(の日常語)で顕著。頭痛は最初から全面的に拾われている。

## 6. なぜ文学に出る／出ない？——ジェンダー×階層という「書く主体」の問題（トオル仮説）

「どの痛みが文学に出るか」は、**書く主体（男性・知識人・インテリ層）の体験圏と階層**に重なるかで決まる。＝本の種類の奥にある、**誰が書き、誰が読むか**の権力構造。

- **頭痛**＝男性知識人の体験圏（悩み・不眠・神経質・物思い）。→ 文学・精神医学・文化に乗る。
  - 神経質（森田療法系・1934-36）の「神經質に來る頭痛の統計」「十年間の頭痛と眩暈を治した話」
  - 精神衛生講話（岩波・昭17）が頭痛を「常習性・神經性」と分類
  - 武蔵野新集の「美しい細面の顏が偏頭痛を訴へる」＝繊細・教養・芸術の記号
  - 疼痛と労務指導の患者の言葉「生來の頭痛持ちでしてね」
- **肩こり**＝「働く身体」の痛み。手仕事・細かな作業・軽い力仕事・反復労働（職人、工場労働者=女性工員含む、家事・針仕事の女性、農家女性）で出る。→ **文学には現れづらい**（労働者・女性の身体は文壇から遠い）。※絶対に出ないわけではない、出にくい、という度合い。
  - 労働衛生・健康保険の専門誌（保険医事衛生・1940）に「肩コリ第一期四〇%、第二期六〇%…主として右肩…一般に工場勞動者」＝職業統計・片側負担（右肩）
  - →「働く身体」の痛みは文学ではなく、**広告・民間療法・主婦雑誌・労働衛生**が出迎える（こちらが主たる行き先）
- **生理痛**＝男性作家は月経を体験しない。→ 文学には現れづらい（男性が体験しないのでモチーフになりにくい）。婦人科・女性誌・広告の領分。言葉が「月經痛(医学)/生理痛(広告)」に分裂。

**中心対比（暫定）**: 「**働かずに悩む身体**（正統文学・頭痛・教養）」 vs「**休む間もなく働く身体**（肩こり・労働・広告/民間）」。
※注: 「文学に出にくい」は**正統文学（サロン・文壇・男性知識人の文学）**の話。文学を「正統/プロレタリア」で分けずに雑に扱わないこと。

### プロレタリア文学について（トオル留保つき整理・参考）
- プロレタリア文学は**肉体労働者**の話が多く、**疲労や身体の痛みの表現は出てくるかもしれない**（「かもしれない」という仮説のレベル）。
- ただし**テーマは資本家による搾取**が主軸なので、**身体性（個々の肩こり・腰痛など）にはそこまで立脚しないかもしれない**。そこは仕方ない。
- 実測（蟹工船・小林多喜二1930、青空文庫全文）: 「肩」18・「腰」7・「疲労/疲れ」4・「背中」「腕」などは出るが、**「肩こり・腰痛・凝り」という慢性的な凝りの語は0件**。身体は「搾取の結果（酷使・殴打・疲労）」として描かれ、個々の症状（肩こり）としては扱われない。
- → プロレタリア文学は**働く身体の痛みの傍証・予備的ソース**として留める。**収集の主軸にはしない。**

## 7b. 収集方針の核心（トオル確定）: 「文字になってる、この時代の痛みの実感」ならジャンル不問

仮説（ジェンダー・階層・正統 vs プロレタリア文学）は「なぜ出やすい／出にくいか」の**説明**であって、**収集の基準にしない**。
収集基準はただひとつ: **「この時代の痛みの実感が、何らかの文字として記録されていること」**。小説・正統文学・プロレタリア文学・投書・体験談・読者投稿・広告・医学書・主婦雑誌……ジャンルを問わず、痛みの実感が文字になっているものを全部集める。
- 文学に現れなくても、文字になって痛みの実感があるなら、なんでも収集対象。
- 「どの本の種類に出るか」は企画の**主題・叙述**であり、収集の**制約**にしてはならない。

## 7. 「文学に現れづらい痛み」の受け皿＝投書・体験談・読者投稿

文学（小説）は「書く人＝男性知識人」の体験圏を通すので、肩こり・生理痛は現れづらい。**しかし体験者本人が書く「投書・体験談・読者投稿・通信治療欄」には、生の苦しみとしてそのまま出る。**

- 神経質（森田療法系・1934, 5(10)）の目次: 「十年間の頭痛と眩暈とを治した話 / 野村章恒 / p16〜30」（体験手記）＋「通信治療欄 / p37〜41」（投書・相談）→ 頭痛・神経質の悩みは**体験手記と投書欄**に来る
- 性慾病自療例（精神研究会・昭和3）:「月經痛 月經時の油斷大敵の實例」＝**自療＝実体験**の症例集 → 生理痛も「自験例」として語られる
- 主婦の友（1933・6月號）:「手輕できつと治る肩コリ療法十五種」＝主婦（働く女性）の切実な悩みに応える実用記事

→ **「本の種類 × 痛み」の全マップ**（資料系統を組む理屈）:
- 小説／文学 ＝ 書く人の体験圏 → 頭痛のみ乗りやすい
- 投書・体験談／読者投稿 ＝ 体験者の声 → 3つ全部が生で出る
- 広告 ＝ 体験の声を受け、商品で応える → 3つを並列に「効きます」
- 医学書 ＝ 診断枠 → 頭痛・生理痛は拾う、肩こりは無視
- 主婦雑誌 ＝ 働く身体・主婦の実用 → 肩こりが主役

## 今後の課題（未調査）
- 「血の道」「不定愁訴」との結びつきを、広告・婦人雑誌の側から確認（ドイツ広告・日本婦人広告に3つが並ぶ例は既に捕捉）。
- 大正15年の「家庭医学の教へ」と昭和10年の「家庭医学全書」で、頭痛・肩こり・月經困難の扱われ方の「年代差」をもっと詰める。
- 体験談・読者投稿（婦人雑誌）での3つの痛みの「訴え方」の言葉。
- 「神経痛」ブーム（神経痛が医学・広告で流行語化）の背景。

## 8. 【一次資料】戦前の薬・売薬広告の一次情報（商品名・発売元）

トオル方針: 「医学書には無いが、広告には『痛いのは何でも抑えます（鎮痛）』があり、頭痛・歯痛・肩こり・腰痛・生理痛に効く薬があった。**その商品名と発売元の一次情報をできるだけたくさん集める。**」→ 一次情報（実物の画像・広告・薬カタログ）に当たる。

### ★「ハッカ＝メントール」の連続性（トオル発見・企画の核になり得る）
- **昔（民間療法）**: 梅干しにハッカ（薄荷）を塗って貼る——頭痛・凝り・神経痛への民間対処。
- **今**: ハッカの主成分＝**メントール**。サロンパス・トクホンなどのパップ剤（湿布）に使われている。
- → **「清涼感・鎮痛のハッカ（メントール）を貼る」という対処の本質は100年変わっていない。**変わったのは形（梅干し+ハッカ → パップ剤）と言葉（ハッカ → メントール）だけ。
- 企画の核心「**変わらない痛み × 変わる言葉と対処**」の、最も分かりやすい実例。ハッカ/メントールは江戸〜昭和〜現代まで続く「貼って効かせる」対処のロングセラー。

### 資料:『日本名薬一覧』（名薬調査会 編・日本名薬一覧刊行会・昭和9年）
- DL.ndl: https://dl.ndl.go.jp/pid/1034396 ※ログインなし閲覧可 / 請求記号 特224-978 / 書誌ID 000000637609 / DOI 10.11501/1034396
- 内容: 都道府県別の「名薬」（家庭薬・売薬）カタログ。各頁に商品名・効能・発売元（薬問屋・製薬会社）が図版＋テキストで掲載。135コマ。
- 書籍・逐次: 表皮は都道府県別（青森/秋田/石川/茨城/愛媛/京都/大阪/岡山/高知/香川/鹿児島/岐阜/熊本/群馬/埼玉/佐賀/滋賀/静岡/島根/千葉/徳島/栃木/鳥取/長崎/奈良/新潟/広島/福井/三重/宮城/山形/山口/山梨/和歌山/朝鮮）
- **コマ位置（全文検索で見つけた、頭痛・婦人・神経痛・腰痛・歯痛に効く薬の掲載コマ）:**
  - コマ9: 頭痛ほか
  - コマ13: 眩暈、頭痛、食傷
  - コマ18: 頭痛、のぼせ、梅毒ほか
  - コマ25: 頭痛（吉森、宇田＝薬問屋）
  - コマ33: 婦人薬「月經不順(こしけ)、頭痛、産前産後」←生理痛・婦人薬
  - コマ38: 「主効頭痛、眩暈、氣…」
  - コマ41: 「發熱、頭痛、痛風」
  - コマ45: 「腹痛及頭痛、胃腸病」
  - コマ48: 「流感、頭痛、神經(痛)」
  - コマ51: 「癪、頭痛」
  - コマ54-55: 「頭痛、感冒」ほか
  - コマ62: 「腰痛、頭痛、痲痺」
  - コマ64: 「野田保頭痛、木健」（＝野田?・木?薬問屋）
  - コマ66: 「リウマチス、頭痛、齒痛、毒虫」
  - コマ72: 「頭痛、關節リウマチ」
  - コマ76: 「頭痛、感冒」
  - コマ78: 「頭痛、皮膚病」
- **注意**: 商品名は図版（太字ロゴ）部分にあり、DL.ndlの全文検索OCRでは切れることが多い。効能・発売元テキストは読めることもある。**商品名を正確に拾うには、コマ画像（図版）を目視する必要あり。**
- コマ画像はIIIF取得可: https://dl.ndl.go.jp/api/iiif/1034396/R{7桁コマ番号}/full/full/0/default.jpg
- 未整理タスク: 各コマの商品名・発売元を、画像から読み取って一覧化する（トオル目視 or OCR）。

### 補足: 戦前・通史的によく知られる家庭薬（web確認・参考）
- 中将湯（津村順天堂・1893発売、婦人薬）
- 正露丸（大幸薬品・1902、胃腸/万能）
- 仁丹（1905、万病薬）
- 萬金丹（小西萬金丹本舗・伊勢市、胃腸薬）
- ※これらは通史の有名どころ。マイナーな商品名・発売元は『日本名薬一覧』等の実物カタログから大量に収集する。

### コマ33から拾った実例（トオルが日本名薬一覧の図版を目視）
- 婦人薬（生理痛・こしけ・頭痛・産前産後）: **安栄湯**（あんえいとう）
- 神経痛薬: **神命湯**（しんめいとう）

### コマ36（鹿児島県）：膏薬（貼り薬）
- **「アリマ頑癖膏」** — 主効：切傷、擦傷、挫傷、**筋痛、神経痛**、蝮百足蜂南京虫…灸瘡、腋子、肥負、漆負、膏薬負、指股腐、耳下腺炎、睾丸炎、痔核
- **要点（トオル読み）**: 「筋痛・神経痛」という効能の枠に、**肩こり（肩凝り）は含まれた。肩こりの人はこういう膏薬を肩に貼った。**
- → **肩こりは名前では医学書に出ないが、「筋痛・神経痛に効く膏薬」として、確実に医療・薬の対象だった。**「身体周りは神経痛でまとめられる」という観察と一致。企画の「変わらない痛み × 変わる言葉と対処」の体現。

### コマ48：六神丸（トオル読み）
- 六神丸の効能に「頭痛」「神経痛」とあるが、**頭痛・神経痛に特化した薬ではなく、強心・万能薬（救急・強心）の効能の一部**として含まれる。
- 六神丸: 大阪・藤井得三郎商店が発売。九種の動植物生薬配合の強心剤。センソ（蟾酥=強心・鎮痛・止血）が核。救心製薬「救心」の原点。
- **現代の六神丸（富士薬品・虔脩六神丸）の効能にも**: 「頭痛、歯痛、抜歯後の疼痛、咽喉痛、耳痛、関節痛、神経痛、腰痛、筋肉痛、**肩こり痛**…」→ **「肩こり痛」という言葉が現代の薬の効能に残る**。昭和初期の医学書に「肩こり」が無かったのと対照的（言葉の定着後）。
- → **「専用の薬（神命湯・アリマ頑癖膏）」も「万能薬の効能（六神丸）」も両方あるほど、頭痛・神経痛・肩こりは普遍的な困りごと**だった証拠。

**六神丸の作用機序メモ（トオル推測）**: 六神丸の「強心・頭痛・神経痛」の並びは、**神経系を抑える（鎮める）**という共通の作用の表れかもしれない。センソ（蟾酥）=強心+鎮痛。人参=精神安定・抗ストレス。動悸・気付け=自律神経の興奮を鎮める／頭痛・神経痛=神経の過敏を鎮める。→ **「神経の興奮を鎮めて心身のバランスを整える」という一つの方向性**で、強心も頭痛も神経痛も捉えられてた可能性。
→ 企画での意味: **医学書は頭痛・神経痛の「原因」を説明できなかった。しかし売薬・民間の経験知は「神経を鎮めればいい」と、作用レベルで掴んでいた。**「原因不明の医学」vs「経験的な説明枠（神経を整える）を持った売薬・民間」の対比。

### 安栄湯・神命湯の正体（webで確認・漢方/生薬の系譜）
- **安栄湯**: 江戸末期の名医・浅田宗伯が用いた処方。元は戦場で緊張・ストレス・恐怖により神経症となった侍の薬。後に婦人の血の道・産前産後へ転用、「女神散」へ。生薬13味（香附子・川芎・当帰・桂皮・黄芩・人参・檳榔子・黄連・木香等）。→ **漢方・生薬製剤**
- **神命湯**（しんめいとう）: 鹿児島・加世田の「加世田血脳薬 神命湯」（現代も青木流芳院が販売）。効能=「血の道症」「めまい・頭重などの不定愁訴」「自律神経失調」「更年期障害」「神経症」。煎じ薬（煎じて服用=漢方服用法）。→ **漢方・生薬製剤**

### この実例が示す構造（企画の核心を実証）
- **西洋医学書は肩こり・腰痛・不定愁訴を拾わない**。
- **漢方・生薬の伝統は「血の道」「不定愁訴」としてちゃんと拾い、家庭薬・売薬（安栄湯・神命湯・中将湯・女神散）として商品化し、広告で売った。**
- → 「医学書が拾わない痛み = 漢方の『血の道』が引き受けて広告に載る」という構図が、実在の商品で確認できた。
- **示唆**: 安栄湯は元々「戦場の侍（男性）の神経症」の薬。それが後「婦人の血の道」へ転用された＝**痛み・不定愁訴の「持ち主」のイメージが男性（戦場）から女性（血の道）へ移動**した。ジェンダー仮説と整合。

### 残タスク
- 日本名薬一覧の他のコマ（38,41,48,62,64,66等）の商品名・発売元を、画像目視で拾って一覧化する（トオル目視 or OCR導入）。※必要に応じて。個別の詳細詰めは必須ではない。

### この資料の「証拠」としての位置づけ（トオル確認）
**個別の薬の成分・発売元の詳細を調べる必要はない。重要なのは「証拠」になること。**
「安栄湯（婦人薬）」「神命湯（神経痛薬）」のように、神経痛薬・婦人薬・鎮痛剤が**商品として薬カタログに載っている**という事実自体が：
- ✅ 神経痛（体の痛み）に悩む人が確実にいた証拠（需要→商品が成立）
- ✅ 肩こり・腰痛・生理痛が生活の困りごととして確実にあった証拠
- ✅ 体の痛みが「血の道・不定愁訴」の枠で理解されてた証拠（神命湯=血の道症）
→ **企画の根幹**: 「医学書（一般向け）には肩こり・腰痛が『病気』として載らない。しかし薬・広告には『神経痛薬』として存在する＝『困りごと』としては確実にあった」。この「医学書からの不在 × 薬・広告での存在」の落差が企画を支える。

**証拠のロジック（トオル確定・重要）**: 「婦人薬（安栄湯）」「神経痛薬（神命湯）」という**商品・薬の存在＝その悩み（生理痛・こしけ・頭痛／体の痛み・神経痛）が確実にあり、需要・市場があった**ことの証拠。
→ 医学書は「診断・治療の理想」を書く（実際の頻度は反映しないことも）。**薬・広告は「実際の需要」に応える**（商品が売れる＝悩みが現実にある）。だから「啓蒙医学書に載ってない＝痛みがない」ではなく、**「薬・広告に載ってる＝痛みが確実にある」**という逆方向のものさしで痛みの実在を確かめられる。これが本企画の**方法論的な強み**。

**結論（トオル確定・企画の真理）— 三層のロジック:**
① **薬があった** → 悩む人がいて、買って飲む人がいた
② **広告があった** → それを見て買う人（＝痛い人）がいた
③ **医学書が原因分からず書かなくても、困っている人はいた（肩こりも頭痛も）**
→ **医学書が書かない理由＝「原因がわからない（医学が説明できない）」であって、「困っている人がいない」からではない。**
- 痛み（肩こり・頭痛・生理痛）は太古から変わらずある。
- 医学が説明できなかった時代（昭和初期）は、それを「病気」として書けなかった。
- しかし困ってる人は確実にいたから、広告・民間・漢方が「効く」と語り、薬が売れた。
- **医学が説明できない分、その痛みは「広告・民間・漢方・投書」の言葉で語られた。**
- → 「医学書の沈黙」と「広告・薬の賑わい」は、**同じ一つの事実（原因不明だが確実にある痛み）の表と裏**。この不協和音の中に、昭和初期の肩こり・頭痛・生理痛という痛みの実相がある。

---

## 西洋の鎮痛薬（アスピリン・ピリン系）はいつ庶民の手に届いたか（2026-08-21追記）

トオルの問い: 「入って来た時代より庶民の手に届くようになったのはいつか？そしてその広告や記事は？」→ 医学史記事に出る以前の「流通・市販」の時期を押さえる。

### 年表（web + DL.ndlで確認）

- **明治16(1883)**：アンチピリン（ピリン系の最初）ドイツで合成
- **明治20年代**：アンチピリン日本に輸入、解熱鎮痛薬として医家に普及
- **明治33(1900)頃**：アスピリン輸入開始（バイエル）。当初は医家向け・高価
- **明治41(1908)**：薬剤誌にアスピリン広告（医家向け誌）
- **大正10(1921)**：日本薬局方第4版に「アセチル・サリチル酸」収載 → **公定薬品化**（第5局=昭和7で「別名アスピリン」）
- **大正14(1925)**：⭐**ケロリン**（富山・内外薬品）＝**フランスから輸入したアスピリン+桂皮**の配合薬を開発。「頭痛や生理痛に効く痛み止め」として**置き薬（配置販売）**で流通。名前は「痛みがケロッと直る」から（現・富山めぐみ製薬が製造、ケロリン桶で有名）
- **昭和4(1929)**：『家庭の衛生と常備薬』（岡田道一・内外出版印刷）で**アスピリンが家庭常備藥の14種の1つ（13番目）として独立立項**
- **昭和8(1933)**：日本薬報「アスピリンの國產狀況」→ **国産化**の始まり
- **昭和9(1934)**：日本商品の話（中外商業新報社）「アスピリンの話」→「一銭見當で販賣」= **1錠1銭の庶民価格**
- **昭和12(1937)**：売薬叢書第1巻（大衆衛生新聞社）に「一九、アスピリン」「二二、アスピリンの處方」→ **売薬（一般薬）として確立**
- **昭和17-19(1942-44)**：婦人誌に鎮痛剤広告（コメニン錠=第一製藥・アンチピリン配合/トリクロールエチールウレタン/ジメチールアミノアンチピリン0.15g、ルーポラテ錠=10時間鎮痛持続）
- **明治41〜昭和**：同時期「ミグレニン」（ピリン系・頭痛専用薬）も常備薬・売薬として流通（家庭の衛生と常備薬の常備薬リストに登場）

### 結論（現時点）

- 輸入・医家向け＝**明治末〜大正**（1900-1921）
- **庶民の手に届いた＝大正末〜昭和初期（1925-1935）**。きっかけは ①薬局方収載(1921・公定化) → ②**置き薬への配合（ケロリン1925）** → ③国産化(1933)による価格低下（1錠1銭）
- **置き薬（配置販売・先用後利）は富山で江戸時代から続く仕組み（反魂丹・元禄3年1690〜）**。その薬箱に西洋薬（アスピリン配合）が入り始めたのが大正末〜昭和初期＝**「アスピリンが庶民の家に直接届いた」最初の経路は置き薬**
- 広告・記事は：一般誌（婦人誌）の広告は戦時中（1942-44）に集中確認。「生理痛」という言葉自体が広告語として戦時中に定着した可能性（医学用語は「月經痛」）

### DL.ndl検索の実測データ

- 「アスピリン」全文検索（1926-1945・全種）: **12,452件**（医学雑誌・薬業誌・家庭向け本・詩集まで）
- 「アスピリン 月經痛」共起検索（400文字以内）: **2,218件** → アスピリンと月經痛が同じ文脈で語られる資料が多数＝**アスピリンは生理痛にも使われてた可能性が強い**
- 売薬叢書（昭12・pid/1048261）目次: 解熱鎮痛薬の体系が全部入ってる（ピリン散/アンチピリン/ミグレニン/アミノピリン/アスピリン/頭痛齒痛藥/ロイマチス神經痛藥/頭痛外用藥/漢方と感冒）→ **昭和12年の時点でピリン系・アスピリンは売薬の世界に完全に組み込まれた**
- 中外医事新報(1219・1935・pid/1739740・ログインなし閲覧可): 医史学者ヘヒトの「アスピリン」記事（p219）→ **「記事になる」＝医学史の対象になった時期は昭和10年**

### 家庭の衛生と常備薬（昭和4・pid/1023248）の目次分析 ※本文は送信サービス（ログイン壁）

- 第二篇 家庭常備藥: 1.石炭酸水…13.**アスピリン**…14.葡萄酒 → **アスピリンは常備薬の正式メンバー**
- 内科 脳神經系の病氣: 神經衰弱／神經痛／頭痛／偏頭痛 = 独立立項
- **十二、婦人病: 陰門掻痒／膣炎／子宮内膜炎／乳房炎／ヒステリー →「月經」「月經痛」の立項が無い** ← 一般家庭医学書で生理痛が婦人病の項目にすら立項されない例
- → 医学書の3つの痛みの扱い: 頭痛=内科で拾う／肩こり=不在／**生理痛=婦人病にすら不在（この本では）**、という「バラバラさ」の実例

### 示唆（三層ロジックとの整合）

- 医学（内科）は頭痛を拾い、婦人科は月經困難を拾ったが、**一般啓蒙書では生理痛が婦人病の項目からも漏れる**
- 一方、**売薬・広告・置き薬は「頭痛」も「生理痛」も拾った**（ケロリンの「頭痛や生理痛に効く」、戦時中の婦人誌広告）
- → 「医学書の沈黙（生理痛・肩こり）× 薬・広告・置き薬の賑わい（頭痛・生理痛・肩こり全部拾う）」の落差が、西洋薬でも確認できた

### アスピリンの一次記録（文学・日記・体験記・2026-08-21追記・青空文庫）

トオルの問い「アスピリンが効いた・おさまった／高い・わざわざ探した・手に入りにくさ」→ 青空文庫の収集結果。

**年代順の一次記録（日記・当事者記述）：**
- **1928（昭3）** 葛西善蔵『湖畔手記』:「發熱八度三分。左脊部肋間の神經痛堪へ難し。アスピリンを飮み終日臥床呻吟」「アスピリンを飮み、頭から蒲團をかぶつて、うつら／＼しかける」=肋間神経痛に服用
- **1929（昭4）** 宮本百合子日記:「Y歯がひどく痛み、アスピリンきいて居た間だけやっと眠り、あとはあけ方から泣き声を出した」=歯痛に効いたが限定的
- **1937（昭12）** 太宰治『二十世紀旗手』:「三十八度の体温を、アスピリンにて三十七度二、三分までさげて」=解熱の知識・用法
- **1940（昭15）** ⭐宮本百合子『獄中への手紙』:「かえりに目白の市場で多賀ちゃんののむアスピリンをきいたら、思いがけずバイエルのがあって、六粒七十銭。それでも大いに助りました」「座骨神経痛というのは風邪とともにおこるものだそうです」「ただアスピリンをのむから、胃をわるくしなければよいと思って居りますが」
  - → **探して買った・バイエル製は珍しくなってた・6粒70銭（1粒約12銭・高め）・胃の副作用の心配**。戦時統制下の入手困難の一次記録!
- **1942（昭17）** 太宰治『正義と微笑』:「杉野さんから、アスピリンをもらってのむ。うつらうつらしていたら、ひどく汗が出て、気持もさっぱりして来た。もう大丈夫だと思う」=発汗→解熱→快復の実感
- **1945（昭20）** 海野十三『敗戦日記』:「ゆうべは熱が出、脈が多くなったので、アスピリン〇・五瓦（グラム）をのんだ。今朝は寒気もなく」=敗戦直後も服用（0.5g=用量の知識）

**フィクション（文学）での出現：**
- **1920年代末** 渡辺温『花嫁の訂正』（初出「新青年」）:「女は白い錠剤を手の掌に載せて眺めていた…「ここにアスピリンと書いてあってよ――」」=錠剤の形態・刻印
- **1931頃** 坂口安吾『Pierre Philosophale』:「会社の薬箱からアスピリン錠剤を取り出してもらひ、一息に三錠ものんだ」=会社に常備・錠剤・過量服用でだるさ
- **1930年代** 新美南吉『川』:「薬屋の音次郎君がある午後…薬は、アスピリンという、よく熱をとる薬だそうである」=町の薬屋の配達
- **1949頃** 坂口安吾『竹藪の家』:「与里は道でアスピリンを買つてきたのだ。それを総江に取り出させて、貪るやうに呑み込んでゐた」=路上・薬局で調達

**形態について（トオルの粉薬仮説との関係）:**
- アスピリンは文学作品では**錠剤**として登場（渡辺温1920年代末・坂口安吾）→ 輸入品アスピリン=錠剤が基本
- 散剤（粉薬）は売薬・国産系（ミグレニン散・アンチピリン散・売薬叢書の「散劑處方」）の側
- 「粉薬が多かった」のは売薬・調合薬の世界。アスピリンは「錠剤の西洋薬」として区別されてた可能性

**戦時統制と入手難（web確認）:**
- 1938（昭13）「医薬品及び衛生材料生産配給統制規則」→ 医薬品が統制・配給対象に
- 1940（昭15）生活必需物資統制令 → 配給制へ
- → 昭和10年代後半、アスピリンは自由販売されなくなり、探して買う物になった（宮本百合子1940の手紙と整合）

### アンチピリンと「薬局の自家調合」（2026-08-21追記・青空文庫）

トオルの仮説「昭和初期は薬局の自家調合薬が多かった／粉薬だった」→ 文学作品に実証された。

**⭐浜尾四郎『殺人鬼』（探偵小説・1929年頃・初出「新青年」系）＝薬局調合の現場描写:**
- 「いつも家に出入をしております薬局で、西郷という家に風邪薬を注文しました」=**掛かり付けの薬局に注文する文化**
- 「次女のさだ子が数日前発熱して頭痛がひどかつた時に、木沢さんに処方してもらつた頓服薬です。それを西郷薬局に云いつけたのです」=医師処方→薬局で調合
- 「なんでもアンチピリンを〇・四だけ作り、これを包に入れ『頓服一回、秋川さだ子殿木沢先生御処方』と記して渡した」=**薬局主人がアンチピリン0.4gを調合・分包し、袋に患者名・処方医名を記す**
- 「店の薬剤師二人ともその時、主人が作る所を何気なく見ていた」=薬剤師（薬局主人）が自前で製薬
- 「私共素人はよくそういう事をやり…」=素人が家族の頓服薬を共有（医薬品の扱いがルーズ）

**北原白秋『東京景物詩』（明治末〜大正初期の詩）:**
- 「湿つた劇薬の結晶、アンチピリンの（頓服剤（ねつさまし）の）、粉末のやうに――それがまた青白い瓦斯に映つて弊私的里（ヒステリー）の発作が過ぎた、そのあとの沈んだ気分」
- → アンチピリン=粉末の熱さまし・劇薬・神経（ヒステリー）の鎮め、が詩の隠喩として一般に通じる時代

**形態の二層構造（トオルの粉薬仮説の答え）:**
- **アンチピリン＝粉末（散剤）・劇薬**。薬局で調合・分包して「頓服一回」と袋に書いて渡す
- **アスピリン＝錠剤**（渡辺温『花嫁の訂正』の「白い錠剤にアスピリンと書いてある」、坂口安吾の「アスピリン錠剤」）
- → 「粉薬が多かった」のは売薬・調合薬（アンチピリン・ミグレニン散など）の世界。アスピリンは「錠剤の西洋薬」として区別されてた可能性

---

## 9. ケロリン——置き薬から全国制覇した「アスピリン製剤」（2026-08-22追記・ケロリン企画）

トオルの問い: 「エッセイ・ノンフィクション・小説にケロリンは登場するのか」「鎮痛薬のルートと行き先」。→ **登場する。エッセイ（安吾）にも小説（夢野久作）にも。** しかも「ケロリン＝置き薬＝田舎」は半分正しくて半分違う。

### 基本データ（公式100周年ページ・edo.net・北多摩薬剤師会で裏取り）

- **1925（大正14）年・富山・内外薬品**（現・富山めぐみ製薬・石黒広一社長）発売。2025年に100周年（「ケロリン白桶」復刻）。
- 開発: 薬種卸問屋（大阪・道修町から原料を仕入れ、富山の漢方薬製造会社に卸す）の番頭だった**笹山林蔵**が事業継承し製薬に挑戦。長男・薬剤師の笹山順蔵と共に開発。
- 処方: **フランスから輸入したアスピリン＋桂皮（ケイヒ＝ニッキ）**。＝アスピリン製剤（Wikipediaも「バファリンと並んでよく知られたアスピリン製剤」と明記。胃粘膜保護のための和漢生薬＝ケイヒ末配合）。
- ネーミング: 「**ケロリと痛みが治る**」から（edo.net「家庭薬物語」）。
- ⭐形態の必然: 当時、置き薬は「水薬」しかなく**家庭の置き薬には向かなかった**→粉末（散剤）にした（edo.net）。＝**ケロリンの粉薬形態は置き薬流通への最適化の結果**。
- 流通: 「**まず一（いち）配置売薬から全国制覇を果たした**」（北多摩薬剤師会・おくすり博物館）。現行もOTC（12/28/64包）と**配置薬（3/8包）の二本立て**（富山めぐみ製薬公式）。
- 類似品: 戦後の混乱期〜昭和30年頃まで**同名のものまで多数**発売され、内外薬品は抗議対応に追われた。**類似品写真20点**: https://www.edo.net/machida/kateiyaku/niserero.html （kero2/001.html〜020.html）

### 類似品20点・トオル目視読取結果（2026-08-22・画像のみOCR不可→トオル目視）

- **効能記載の分布**: 「頭痛、歯痛、生理痛」と明記＝**1点のみ**。他は「頭痛、歯痛」がほとんど、数点「神経痛」の記載。1点のみ「ロイマチス系の疼痛」（＝リウマチの痛みの一種）。
- **成分**: どれもほぼ同じ処方＝アスピリン系＋胃保護配合（今で言うAPC処方的）。**解熱・頭痛・生理痛・神経痛は基本的にどれにも効くはず**。
- **会社分布**: 富山の会社と東京の会社に分かれる。愛知（市販薬の出発点とされる）の会社は0。
- ⭐トオルの観察: 「市販薬の基本は中京地区発祥、置き薬は富山」。
- ⭐謎（未解決）: 効能の「明記のズレ」（生理痛を書く/書かない）は、時代のせいか・商品のせいか・自明だからか。

### 「明記のズレ」への仮説（2026-08-22・検索回復後に裏取り予定）

- **「生理痛」=広告語/「月經痛」=医学語の分裂（§3）と同型**。パッケージの効能書きは届出ベースの正式記載（医薬品的）なので、日常語の「生理痛」は書きにくく、「頭痛・歯痛」という痛みの典型を列記する慣習だった可能性。
- 「頭痛・歯痛」は解熱鎮痛薬の定番の適応例示（歯痛＝即効性が体感しやすい代表痛）。「神経痛」「ロイマチス」は「身体周りは神経痛でまとめられる」（§8・アリマ頑癖膏）と同系の枠。
- 制度史（概略・要裏取り）: 戦前の売薬は府県知事許可（明治22年売薬規則）で効能表示は自由度が高かった→昭和23年薬事法→**昭和35年全面改正で承認制が厳格化**し、効能は承認範囲に限定されるようになった。→「ズレ」は①会社ごとの届出・販売戦略（商品のせい）②制度・言葉の時代（時代のせい）③痛み全般に効くのが暗黙知で列記は儀式（自明のせい）の三層。
- 現行ケロリンの効能書き＝「頭痛・生理痛・歯痛・発熱に」（公式）＝現代は普通に「生理痛」を書く。**書ける言葉が明治→昭和→現代で拡張してきた**というのが時代のせい説の傍証。

### 中京（愛知）と市販薬——トオル直感「市販薬=中京、置き薬=富山」（2026-08-22・裏取り途中）

- 類似品20点に愛知の会社なし（富山系+東京系のみ）＝**配置薬ルート（富山）×小売ルート（東京）の二極**を示す観察データ。
- 興和（名古屋・コルゲンコーワ/キャベジンコーワ）の沿革（Wikipedia）: **1894年・名古屋で繊維問屋「服部兼三郎商店」創業**（豊田佐吉の自動織機開発を支援）→1919年紡績→1947年医薬品進出（解散した日本軍の技師を招へい）→1954年興和新薬→1960年興和→2005年大日本製薬からOTC（大衆薬）事業譲受。＝**中京の市販薬メーカー代表は「繊維資本→医薬品」の転換型**で、ケロリン類似品の時代（戦後〜昭30）にはまだ小売薬の主役ではない。→20点に愛知が無い事実と矛盾しない。
- 仮説（トオル直感の深掘り・要検証）: 「市販薬=中京」のルーツは江戸期の**「三河売薬」**（愛知・吉田=豊橋を中心とした売薬の産地。現金小売主体で、富山の配置・後払いと対比される可能性）。→ 検索回復後に「三河売薬」「売薬 三大産地」を裏取り。

### 興和=名古屋発祥の補強（2026-08-22・トオル提供+Wikipedia確認）

- トオル提供: 「大手コーワが名古屋発祥、**名古屋に薬問屋街があった**」。興和公式歴史ページ: https://www.kowa.co.jp/history/history.html ※**画像タイムライン**（1894〜胎動／1946〜新たな事業／1960〜飛翔／1995〜健康と環境。本文はほぼ画像内・OCR不可。年代別画像: https://www.kowa.co.jp/history/img/history/{年代}/img_{年}.jpg の連番）
- Wikipedia「八百屋町 (名古屋市)」: 名古屋市中区の旧町名。**江戸期は名古屋城下町の碁盤割・長者町筋**（本重町筋から入江町筋までの3丁）。由来=野菜商の多い町。
- 沿革: 「**1901年（明治34年）服部謙三郎商店が焼失、店は宮町1丁目に移り再建**」[北見昌郎『愛知千年企業 大正時代編』中日新聞社・2016]。1966年（昭和41年）栄二丁目に編入され消滅。現・興和本社=名古屋市中区錦三丁目。
- → **コーワのルーツは名古屋城下町の「長者町筋」問屋地帯**（八百屋町）。江戸期の城下町商業地→近代の問屋街→製薬、という中京の系譜の具体像。
- 要裏取り: 名古屋の「薬問屋街」の場所・時代・呼称（大須? 本町? 長者町? 要検索）。

### ⭐名古屋の薬問屋街=「京町」（松浦薬業・公式沿革で確定・2026-08-22）

- 松浦薬業株式会社（現・名古屋市昭和区・生薬→漢方薬製造→医薬品卸）公式沿革: 「**1913年、松浦薬業の前身である尾張の生田屋系の生薬問屋が、名古屋の薬問屋街京町の一角に店を構え**、主として長野・岐阜・新潟・奈良・北海道等の各種生薬・艾（もぐさ）と沖縄・台湾の海人草やウコン等を集荷して、医薬品メーカー及び薬局に供給」。URL: https://company.matsuura-gp.co.jp/company/history/
- 沿革表: 「1913年 尾張の生田屋系生薬問屋として、**薬問屋街の京町**で松浦真一商店（屋号山い）を創業」→1952年法人化→1962年松浦薬業。
- 京町=名古屋市中区の旧町名（八百屋町の記事の旧町名リストにあり）。薬問屋街は「京町」だった（呉服・繊維問屋街の伝馬町と近接する城下町商人町。位置の正確な比定は要検索）。
- ⭐**地竜（じりゅう=ミミズの生薬・解熱剤）**: 「特に愛知県特産でわが国の民間薬解熱剤の地竜は全国へ供給しておりました」——**愛知=地竜（ミミズ）の産地で、民間薬の解熱剤として全国供給**。→企画の「民間薬×解熱・頭痛」に直結する新情報（地竜の調査価値あり）。
- その後: 1962年、周恩来首相が甘草を配慮物資として輸出→友好商社制度で中国からの生薬輸入拠点に（1972年国交回復まで）。昭和30年代から漢方薬製造へ。
- → 名古屋の「薬問屋街」は実在（京町・1913年）。コーワ（八百屋町・長者町筋）と松浦（京町）は**同じ名古屋城下町の問屋地帯**に源流を持つ。補足として「名古屋=問屋の町（薬・繊維）」の構図が固まった。

### スズケン——名古屋の薬問屋→全国の医薬品卸（2026-08-22・トオル提供URL）

- 公式沿革: **1932年11月、鈴木謙三（26歳）が名古屋市東区下竪杉町に「鈴木謙三商店」創業**。「人と人との信頼関係を重んじ、誠意の経営」。URL: https://www.suzuken.co.jp/company/history.html
- 1946-48年: 静岡県浜松を経て、本社を名古屋市東区**東片端町**に移転（名古屋城下町の商人町・東区）。
- 1953年: 三和化学研究所設立——「戦中戦後の売るものがない時代の教訓」から、卸でありながらメーカー部門を持つ多角化の第一歩。
- ⭐**1964年10月: 社名を「株式会社スズケン」に変更（お得意さまの呼び名「鈴謙さん」から）。「薬問屋としては初めて『医薬品総合商社』の冠をつける」**——スズケン公式が自らを「薬問屋」と称する記述。
- ⭐**「戦中戦後の売るものがない時代の教訓」=痛みの行き先が途切れた時代**: 1938年医薬品生産配給統制規則・1940年生活必需物資統制令で医薬品は配給対象に→卸は「扱う商品がない」。需要はあるのに流通が死ぬ=既存メモの宮本百合子1940の手紙（アスピリン探して買う）と接続。→ その教訓から**卸がメーカー化**（1953年三和化学研究所設立）。同じ戦後混乱期〜昭30にケロリン類似品が跋扈した（§9）——「流通の崩壊と再建」期に、卸のメーカー化と類似品ブームが同時発生。
- 1974年: 医薬品卸として初シンガポール進出。2006年: 医薬品卸として初、全47都道府県に営業拠点。
- → 名古屋の薬問屋（下竪杉町・東片端町）→全国医薬品卸大手の系譜。京町（松浦・生薬問屋）・八百屋町（コーワ・繊維問屋→製薬）と合わせ、**中京=薬の問屋・卸の中枢**という構図が3社で固まった。「市販薬=中京」は小売メーカーだけでなく流通（卸）も含む。

### ⭐文学・エッセイへの登場（青空文庫 site 検索で確定）

**坂口安吾『安吾新日本風土記 第二回 富山の薬と越後の毒消し』（1949年頃）** — https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/49951_54981.html
- 節名がズバリ「**反魂丹とケロリン**」。富山＝置き薬の本場を旅した安吾のルポ。
- 「最も売れるのはカゼ薬と鎮痛剤のケロリンだそうだ」
- 堀田善衞の母: 「ケロリンはよくききますよ。あれだけは富山の人もみんなのんでいますね。私たちの同窓会で**ハンドバッグにケロリンいれてない人がなかった**ほどです」
- 安吾の女房: 「ケロリンならウチにありますよ。私は毎日のんでるのよ。ほかに鎮痛剤もたくさんあるけど、これも、これも、これも（と茶ダンスの中から色々な鎮痛剤の箱をとりだして）みんなダメ。ケロリンが何よりきくのよ」
- 安吾の反撥: 「第一ケロリンという名前に私の感覚が反撥するのである。私もタメシにケロリンをのんでみたいと思ったが、薬屋へ行って「ケロリン下さい」と云ってみる勇気がなかった」
- ⭐ジェンダー観察: 「私の友達でケロリンのんでる男というのは一人もいませんね。男の方が見栄坊なのかも知れない。しかし、女のケロリン的実質主義というものはどうも肉体的な厭味があって妖怪じみているようだ。私は一生ケロリンをのまない。ケロリンに反魂丹という名をつけると私はのむかも知れない。**売薬と迷信は同じようなものだ**」
- 置き薬の生態も同回で詳述: 代金後払い（先用後利）・年に一度の見廻り・壁や柱にぶら下がる薬袋・関東の農村の「押売りの村内立入りお断り」高札があっても富山の薬売りと越後の毒消し売りは特別・「御用聞き商法」の分析

### 「富山薬業の生態」節の採録（安吾・1949年頃・全文は青空文庫URLから）

**構造（帳主制度）—「ルート」の実態**:
- 置き薬は「**製造業者→帳主→売人（配置員）**」の3層。製造業者は置き売りに直接従事しない。
- 帳主7000人・売人12000人（最大の帳主は売人50人使い）。
- 売人は「売掛帳」を持参: 何県何町の何某がいくら薬をのみ、代金いくら受け取り、何を袋に詰め替えたか記す。帳面の所有主=帳主。
- 資本構造: 帳主は現金で大量仕入れ→その年は配置するだけで翌年にならなければ現金にならない→**まる2年は出る一方**（2年目の終りに1年目の代金が戻る）。
- 帳面は「田地と同じように財産」で高額売買: **80万円売上の帳面が200万円（約2.5倍）で取引**。
- 帳主は業態が最も不安定。金持ちが帳面を買って新規参入するが、売人の育成を忘れて失敗する。

**⭐安吾の核心的観察（流通=広告）**:
- 「富山薬業の特色は**宣伝費の代りに売人という御用聞きが全国の家庭と直結している**点」
- 売人=「新聞やラジオと同じように、否、肉声で宣伝広告する」「直接各家庭で店をひろげて見せる」「**宣伝兵器**」「宣伝カーであり移動商店」。
- 他社は小説家のところへも新薬の見本を送るほどなのに、富山はその必要がない（売人が見本を持って訪問できるから）。
- 広貫堂の社長「富山の薬業も近代化されまして、むろん富山本来の置き売りも大切にしなければなりませんが、近年は宣伝にも意を用いております」→ 安吾の皮肉: 自分たちの売人=最強の宣伝手段を自覚しないまま「反歴史的ということが近代化だ」と思い込んでいる。

**⭐消費の偏在（「行き先」への一次資料・トオル仮説への重要な修正材料）**:
- 売人のこぼし（引用）: 「**薬が売れるのは都会です。農村では売れませんね。なぜなら、農村では薬をのむことを知らないからです**」
- 都会=薬の知識がある→自宅に薬袋があれば病気の時に飲んでくれる。「そこが富山のツケメ」。
- 農村=「病気の時には薬をのむものだという習慣すらも持たない」。実例: 広島・加計の寒村（板敷きにムシロ一枚・センベイのような布団）／青森の農村（カゼに素裸で炉に腹を焙り、湯+味噌をがぶ飲み。富山の薬売りを目の前にして薬を買う気ゼロ）。
- 農村では「特別な薬」が売れる: ドブロク密造で年中腹を壊す村では「下痢どめの神薬」、何でも治す万能薬「仁丹」。
- → **「置き薬=田舎」は「配置先」としては正しいが、安吾の時代（1949）には「消費地」は都会へ傾いていた**。「ルートと行き先」は二重の地図（配置の地図×消費の地図）で描くべし。※1949年時点の売人の嘆きであり、戦後農村の窮乏（医薬品統制の余波）も反映している点に注意。

**雰囲気**: 終戦後の裏日本の寂しさ（伏木港・北鮮・樺太航路の喪失、雪の減少）と対比して置かれた富山薬業の「表情の暗さ」。

**夢野久作『ドグラ・マグラ』（1935年刊）** — https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2093_28841.html
- 「…いつの間にやら**元の木阿弥のケロリン漢**に立ち帰って、そんな素敵な記憶の数々を、ミジンも脳髄に残していない…」
- 「ケロリン漢」＝ぼんやりした平凡な男、の比喩。**発売（1925）から10年以内に「ケロリン」の語感が辞書なしで通じていた証拠**。

→ エッセイにも小説にも登場。しかも2つとも「ネーミングの語感」（ケロリと／ケロリン漢）が作品に入り込んでいる＝ネーミングの力が証拠として残る。

### アスピリン側の補強（Wikipedia「アセチルサリチル酸」で裏取り）

- **1900年**: バイエルが**粉末を錠剤化**（アスピリンは当初粉末だった）。
- **1911年**: 日本国内でも「アスピリン」発売。
- 第一次大戦の敗戦→連合国が商標を取り上げ、**日本では「アスピリン」はアセチルサリチル酸の普通名詞となった**（特許は1917年消滅）。＝「どこでも作れた」のはケロリンではなく**アスピリン側**だった。
- 米国: 1918年、敵国財産没収でバイエルの商標・社名・社章ごと競売→スターリング・ドラッグが「バイエルアスピリン」の名前で製造継続→1994年、バイエルが全権利を買い戻し。
- 米国では1919-1941年「**アスピリンエイジ**」（禁酒法・大恐慌のストレス社会で服用激増）。NDL蔵書『アスピリン・エイジ: 1919-1941』イザベル・レイトン編（木下秀夫訳）あり。
- 日本では1993年に「バイアスピリン」、2002年に「バイエルアスピリン」として商標再登録（＝それまで日本では商標登録されていなかった）。
- 2006年: バイエルが**粉末**「アスピリン「バイエル」」を乳幼児向けに発売＝**形態の往復**（粉末→錠剤→粉末）。

### 構図（トオルの問いへの答え・2026-08-22）

- 「アスピリン（ライセンス商品・錠剤・都市）vs ケロリン（どこでも作れる処方・粉薬・田舎）」の対立では**なかった**。ケロリンもアスピリン製剤。実際は: 商標・特許が消えたアスピリンを、(a)バイエルの錠剤ブランド＝都市の薬局・会社の薬箱（安吾のPierre Philosophale）と、(b)和漢配合の粉薬＝置き薬・田舎の家・女のハンドバッグ（ケロリン）で売る、の**二路**だった。
- ただし安吾の時代（1949）にはケロリンは「薬屋で買う」ものにもなっていた（置き薬→店頭小売の両輪）。ハンドバッグ常備＝都市の女性にも浸透＝「田舎のもの」だけではない。
- ジェンダー（§6仮説と整合）: アスピリン＝男の会社・書斎の薬（Pierre Philosophale・体臭までアスピリン）／ケロリン＝女のバッグと茶ダンスの薬（風土記）。「ケロリン下さい」と言えない男＝ネーミングの恥＝男性知識人の教養的見栄。**「売薬と迷信は同じようなものだ」（安吾）**は§5「医学書の沈黙×薬・広告の賑わい」と同型の言葉。

### ⭐方針の確認（2026-08-22・トオル確定・今後の調査を縛る）

**追求しているのは「医療からは少し見過ごされた痛みの歴史」。追いかけるのは鎮痛薬であって、薬の歴史（会社史・流通史・薬学史）は細かくはやらない。**
- 鎮痛薬（ケロリン・アスピリン等）は「痛みの実在・行き先」を証言する**道具**として扱う。会社沿革（コーワ・松浦・スズケン・帳主制度など）は今日のラウンドで「証拠として必要十分」な範囲まで押さえた＝**これで一区切り**。
- 今後はこれ以上薬の歴史を掘り下げず、**鎮痛薬が「痛みの証言」として文字になる側**（文学・広告・投書・体験談・パッケージの効能書き）を主語に進める。
- 積み残し（三河売薬・京町の比定・地竜の詳細）も、痛みの証言に関わる範囲でだけ消化する。

### 企画の全体像（トオル・2026-08-22確定・通時態のフレームワーク）

**「頭痛・肩こり・生理痛が、絡まったり離れたりしながら、現在に至るまでの昭和の流れ」を追う。**

- 3つの痛みは固定された3本柱ではなく、**関係性（結合・分離）が動く**。これを昭和の時間軸に沿って追う。
- **絡む例**: 広告・売薬が3つを並列に「効きます」／ケロリンの「頭痛や生理痛に効く」（発売時〜現行の効能書きに同居）／家庭マッサージが「肩こり→頭痛」を因果で繋ぐ／現代の薬の効能書き「肩こり痛」（六神丸）
- **離れる例**: 医学書が頭痛=内科・生理痛=婦人科・肩こり=不在に切り分ける／言葉の分裂（月經痛=医学語・生理痛=広告語）／肩こりは戦前の医学書に不在で民間・膏薬・主婦誌に残る
- **通時的な動きの実例（§9から）**: 肩こりは戦前の医学書に不在→後に薬の効能書きに「肩こり痛」として登場／生理痛は広告語から現代の市販薬の定番効能へ（ケロリン現行「頭痛・生理痛・歯痛・発熱に」）／頭痛は一貫して最も市民権あり。ケロリン=「頭痛×生理痛」を束ねた絡まりの具体例（同じアスピリンの二路が両方を担った）。

### ⭐時間軸のフェーズ（トオル・2026-08-22確定・企画の骨格）

**「大衆薬があり → 戦時・戦後で物がなくなり → 戦後に栄える」まで、3つの痛みの「社会の中での位置」がどう変わったか。これが大事。**

- **①大衆薬あり（戦前〜戦中）**: 売薬・広告の賑わい（ケロリン1925・アスピリン普通名詞化・日本名薬一覧・神経痛ブーム）。医学書は分離（頭痛=内科/生理痛=婦人科/肩こり=不在）・頭痛だけが文学の痛み・売薬広告は3つ並列。
- **②戦時・物がなくなる（1938-1945）**: 1938医薬品生産配給統制規則・1940生活必需物資統制令→配給制。アスピリン=探して買うもの（宮本百合子1940・バイエル6粒70銭）／もらうもの（太宰1942）／量って飲むもの（海野十三1945・0.5g）。**それでも婦人誌に鎮痛剤広告は残る**（コメニン錠・ルーポラテ錠1942-44）＝需要と広告は統制下でも生きていた。
- **③戦後・依然物がない（1945-1950年代）**: 「売るものがない」=スズケンの教訓（1953・三和化学研究所=卸のメーカー化）。**物がない世界で逆に類似品が湧く**（同名ケロリン=戦後混乱期〜昭30）。安吾の風土記（1949）はこのフェーズの過渡期資料: 「最も売れるのはケロリン」（広告なき流通の残存）と「薬が売れるのは都会」（消費の偏在）が同時に成立。
- **④戦後に栄える（高度成長〜）**: 大衆薬の黄金時代。テレビCM（コルゲンコーワ等）・市販薬の拡大・「肩こり痛」が薬の効能書きに登場（六神丸）・生理痛が定番効能へ（ケロリン現行「頭痛・生理痛・歯痛・発熱に」）。
- → **①では離れていた（医学の分離）のに、④では薬の効能書きで同居する**。②③は「痛みの行き先が制度に断たれる」空白の時間。各フェーズで3つの痛みの「位置」（医学の枠/広告の枠/日常の言葉）がどう動いたかを追う。

### ⭐昭和3年刻み年表（トオル作成・2026-08-22受領・企画の通時態の土台）

**ファイル**: `~/writing/reference/昭和における「頭痛」「肩こり」「生理痛」の変遷調査表.xlsx`（シート1枚・21期・A1:J22）

**構成**: 1926-1989年を3年ごとに21期に区分。各期について「社会出来事／代表的情報源・書籍／頭痛（ことば・対処）／肩こり（ことば・対処）／生理痛（ことば・対処）／備考」を並列。**この表が昭和の時間軸のマスター**。4フェーズ骨格との対応:

| フェーズ | 年表の期 | 対応 |
|---|---|---|
| ①大衆薬あり | 1926-1937（4期） | ケロリン1925・ノーシン1932・サロンパス1934。生理痛の対処は婦人薬（命の母・中将湯）が主 |
| ②物がなくなる | 1938-1946（3期） | 統制→配給→闇市。代用生薬・梅干し・野草灸。婦人誌広告は残存 |
| ③依然ない | 1947-1952（2期） | 労働基準法「生理休暇」(1947)で「生理」語が公的に広がる／セデス市販1950 |
| ④栄える | 1953-1989（12期） | テレビCM→バファリン1963→アイスノン1965→アンメルツ1966→ピップエレキバン1972→イブ1985（スイッチOTC・生理痛前面化）|

**NDL裏取りとの整合（2026-08-22）**:
- 「生理痛」22,630件のうち1870-1939年の14件は全てOCR誤検出（「生理、痛理」「萬無生理。痛哭」等の分断誤読）。実用例は1930年代末まで0件→1940-49年201件→1950-59年1,096件で爆発
- 「月経痛」28,443件は1870年代から存在し1930-39年4,056件でピーク→1940-49年1,965件に半減
- → **「月経痛（医学）→生理痛（生活）」の交代はまさに年表の1941-49年（戦争末期〜労働基準法）で起きた**。年表の「1947-49年・生理という言葉が定着」記述と完全一致

**今後の運用**: 年表の各期に「痛みの証言」（文学・広告・投書・体験談・効能書き）を肉付けしていく。薬の会社史は追わない（年表の発売年は証言の位置づけのための道具としてのみ使う）。
